他の趣味と比べても「ゲーム」は何故こんなにも面白いのか?

皆さんの趣味は何だろうか?

釣り、読書、ボーリング、カラオケ、スポーツ観戦、映画鑑賞、散歩、競馬、旅行、、それからゲーム

色々あると思う

その中で現代社会において着々と地位を築いてきている趣味がある。

そう、それが「ゲーム」だ。

もはや趣味の枠としては最大級の娯楽、規模になりつつある

ゲームは他の趣味とは異質だ

余りにも面白すぎる

他のどの趣味と比べても結局一番長く続けているのがゲームだろう

少なくともこのブログに来てくれている方はそうであると信じたい。

もはやゲームは生活の一部にまで定着しつつある

そんなゲームが孕む面白さについて、何故ここまで面白いと感じることが出来るのか?

ということについてこの記事で示していこうと思う。

ゲームを面白いと感じる理由

ゲームにも色々と種類がある

アクション、シミュレーション、ロールプレイング、アドベンチャー等々

そんな中でも共通して言えることがある

それは「全て自分の意思でコントロールでき、様々な経験を好きな風に学習できる」という点である。

実はゲームの面白さの秘密はこれに尽きる(正確にはまだあるが、それは後程記述)

何故上述した「自分の意思でのコントロール」と「経験の学習」がゲームの面白さに繋がるのか?

まず前半の「自分の意思でのコントロール」部分について解説する。

自分の意思でコントロールするということの重要さ

 

自分の意思を決めているのは誰だろうか?

親、兄弟、恋人、etc…

親に言われたから勉強したいか?
兄に言われたからコンビニに肉まんを買いに行きたいか?
恋人に言われたから洋服の買い物に付き合いたいか?

違う

自分の意思で行動したいと思うのが人間

当たり前だが忘れがち

自分のやりたいこと、自分のできること

色々考えた上で最終的に自分の意思で物事を決めている

ここまで言えばもう察すると思うが、これがゲームだとほぼすべての動作を自分の意思で決められる。

自分の意思をほぼ全てゲーム内で反映できる

それが自由度の高いゲームの持つ大きな特徴である。

逆に、一本道の自由度の低いゲームの評価はとても低い傾向にある。

その代表格としてFF13が挙げられる

あのゲームはストーリ、グラフィック、ゲームシステムは悪くなかったが、最後まで一本道だったゆえにとても低い評価を受けたゲームの一つだ。

例え他のシステムが優れていても、自由度の低いゲームは面白くないのだ

経験を学習するということのメリット

経験学習が持つメリット

それはモチベーションの維持に他ならない

ゲームは他の趣味と比べ、この経験学習がとても優れている

それは何故かというと、視覚的にとても分かりやすく出来ているからである。

どういうことかというと、例えば

ゼルダなんかのオープンワールドで新しい景色を見た時の経験
RPGでレベルMAXにした時に、雑魚相手に高いダメージを叩き出した経験
大乱闘でレベル9のコンピューターに勝った時の経験

その全ての体験に共通しているのが分かりやすい経験である。

この分かりやすい経験がゲームをしていると頻繁に起こる。

それを学習し続けるからこそゲームという趣味は飽きが来にくいのだ。

他の趣味で見てみるとそうはいかない。

例えばボーリング

これは1時間もすれば飽きる。

ずっと投げ続けて得られる経験が

ストライク
ガーター
投げ続けた肩の痛み
ボール磨くやつ

とかとか。

まあゲームに比べると時間効率的に得られる経験が少ない

ゲームは1時間もすれば色んなダンジョンに潜れたり、レベリングして目に見えるレベルの変化を起せたりする。

しかもどれだけの変化が起きたのか視覚的に分かりやすい

これがどれだけ良いことかと言うとテイラーの「科学的管理法」という手法を見てもらえば分かりやすい。

今から上げるテイラーの5つの原理は当てはまるほどモチベーションが維持しやすいというものだ

1:課業の設定
1日のノルマとなる仕事量の設定である。

2:諸条件と用具等の標準化
使用する工具や手順などの諸条件を標準化することで、熟練工か未熟練工かにかかわらず、同条件で働かせるようにすること。このようにして“唯一最善の作業方法”を確立し、それを労働者全員に習得させ作業能率を向上させようとした。

3:成功報酬
4:不成功減収

成功報酬、不成功減収は、出来高制賃金システムを改良したものであり、ノルマを達成した場合は単位あたりの賃金を割り増しして支払い、未達成の場合は単位あたりの賃金を割り引く。こうすることで労働意欲を高める。

5:最高難易度の課業
課業を優秀な工員の仕事量に基づいて決めるということ。

Wikipediaから引用。詳しくテイラーの科学的管理法を知りたい方はこちらからどうぞ

これらが示しているのは、

1:1日あればこんくらいできるでしょー
2:1番効率良いやり方はこれねー
3と4:やればやるだけ金やるけどやらない奴は給料から天引きなー
5:優秀な奴はこんだけやれー

まあこれ経営のやつなんで今は1,2,5番には触れないが

3,4に関してゲームに変換して例えると

3:RPGとかによくある、SSランク取ったら報酬たくさんあげるねー
4:でも負けたらセーブゾーンまで戻ってねー。アイテム使った分は消費してるからー

という形で経験による学習にスパイスを添えたりしてより一層モチベーションのアップに貢献しているというわけだ。

またメンタリストとして知られるDAIGOさんがこんな動画をあげている

この動画によるとモチベーション、やる気の維持に必要不可欠な要素として「前に進んだという感覚」が大事になってくるとしている。

これがゲームにも当てはまるのではなかろうか

様々な経験をしてそれ相応の報酬を得やすく、それゆえに前に進んだという感覚が強い

だからゲームはハマるんだ。

現代のゲーム業界に見られる「人」による要素

 

今まで語ってきた「自分の意思の反映力」「経験の学習」以外にも、実はゲームを面白くしている要素がある。

これは最近になって加わってきた要素で、未だにこの要素を加えていないゲームもある。

それは人とのコミュニケーションツールとしての要素だ。

思い返して見て欲しい。

一番ゲームが楽しかったと思える記憶はなんだろうか?

それはまあ人によるかもだけど自分は

友達同士で通信対戦したマリカーDS
泊りがけで協力しまくったモンハン
家ではしゃぎまくった大乱闘

全て人とゲームをやった時の記憶だ。

ゲームという要素に人という要素が加わると最強に面白い。

これが俺の持論だ

なぜか?

答えは色々あると思うが先ほどの経験による学習を思い出してほしい

「人という要素が増えるだけで経験できることが大幅に増すから」

恐らくこれが最たる理由に挙げられるだろう。

この経験できることが増えれば増えるほど面白いわけだが、人とゲームをやると他人の客観的な意見だったり仲間内でしか得られない貴重な経験を積み重ねることが出来る。

これが一人の時とでは明らかに違う。

だから仲間とやるのは楽しい。

これは対戦ゲーでも協力ゲーでもそうだ。

人とやると面白い要素が増える。

任天堂のマリオの生みの親である宮本茂さんも

「ゲームデザイナーとして対戦に逃げてはいけない」というのがあります。対戦したら何でも面白いですよね。どんぶりとサイコロが2個あったら、もう無人島にいても大丈夫ですよね(笑)

というほど対戦ゲー、まあ人の要素を加えると面白いということを仰っている。

だから任天堂は人の要素なしでゲームを作るところから始めるそう。

そうすれば人の要素を加えた時にもっと面白いものが見えてくるから

だから、任天堂で対戦ゲームを作る時には、「対戦したら面白いから、対戦せずに作れよ。対戦せずに作った方が、最後対戦したらすごい面白くなるから」と言います。そういう意味では、ネットワークありき、マルチプレイありきを前提にスタートするのは、ちょっと自分の逃げのような気もして微妙なところです。

人という要素はめちゃくちゃ重要で、それなしではどんなにいいゲーム性を持っていたとしてもそこそこのゲームで止まってしまう気がする。

ストーリーの調和性がもたらすゲームの感動

とはいっても一人用でも面白いゲームというものはある

所謂神ゲーと呼ばれているものの中には一人用のゲームも沢山乗っかっている。

これははっきり言おう。

大概その手のゲームは、ゲーム性が評価されているのではなく、ストーリーがもたらす世界観がめちゃくちゃ大きい要素を占めていると。

最近だとめちゃくちゃ高い評価を受けているUNDERTALEというゲームがあるのだが、これがまあ面白い。

だが実際にやっているのはシューティングゲームにちょこっとロールプレイング要素が加わったものだ。

なぜこのゲームがここまで評価されているのか?

それはもちろん高いゲーム性があってのことだが、ストーリーとキャラの性格がとても良いからだ。

加えてBGMにも凝っている

先ほど人の要素が加わると面白いゲームになると言ったが、ゲームにおいてストーリーとキャラの特徴、それからBGMはそのゲームの世界観を作るという意味で非常に重要となる。

これらが複雑に絡み合い、ゲーム性とマッチした世界観が生まれる場合、とても面白いゲームとして世の中で評価される傾向にある。

まあ当たり前なんだが、ゲームだけでも面白いのにそこに映画の要素が加わるんだから最強だよねって話だ。

これは対戦ゲームでは決して生み出せない一人用ゲームの大きなメリットとなる。

まあ最近のswitchで出た大乱闘なんかは対戦ゲームなのに、一人用モードにめちゃくちゃ凝っててほんとこの会社はうまい手法を取るなと感心させられるばかりだ。

そのCMの使い方も非常に巧みでただの対戦ゲームなのにストーリーの要素を見せることで感動を呼びおこしている。

 

面白いゲームとしての要素をどこまでも詰め込んだゲームだと思わざるをえない。

反対にゲーム性がめちゃくちゃいいのにストーリーが貧弱なせいで神ゲーになりきれていないゲームを紹介しよう。

それは「OCTOPATH TRAVERER」だ

このゲームは8人で旅立つ物語なのだが、それぞれの人のストーリーを作ったせいか大筋のストーリーが弱いという傾向になってしまった。

ゲーム性は非常に、非常に面白く(大事な事なのでry)斬新だったが、いかんせんストーリーが弱く、やり終えた後に神ゲーだったな~というよりかは良いゲームだったなで済んでしまう勿体ないゲームであった。

 

一方ゲーム性はまあクソと言ってもいいくらいコマンド入力とかはあんまりない「Detoroit Become Human」というゲームがある。

このゲームはストーリーゲーなんでまあゲーム性は皆無と言ってもいい

しかしこのゲームが発売8か月で約300万本もの売り上げを残しているのには理由がある(執筆時点でオクトパストラベラーは約150万本、発売時期はデトロイトの方が2か月ほど早いが)

それは先ほど言ったストーリーに特化しているからというものだ。

はっきり言って今のゲームは「何がゲームとして正解」なのかは決まっていない。

映画ゲームと言われるくらい映画に近いものでも、めちゃくちゃ高評価を受けるものもある。

まあデトロイトに関しては自分の選択によってストーリー分岐がすざまじくあるので、上述した「自分の意思の反映、コントロール」という部分で物凄く優れたゲームであったのは間違いないのだが;

まとめ!!最強のゲームとは

まあ結局ゲームっていうものは色々な要素を孕んでて面白いんだ。

この記事ではゲームが何故他の趣味と比べて面白いのかということについてほぼすべての要素に触れられたと思う。

そして間違いなく言えるのは

自分の意思で行動をコントロールでき、多様な経験を目に見える形で学習でき、人とコミュニケーションも取れるし、ストーリーBGMに凝ったゲームが最強だって言うこと。

ただこれは無理な話でもある。

例えば人とのコミュニケーションを取ろうとすると、自分の意思を時には我慢しなければならない時がある。

ストーリーにこだわる余り、ユーザーがゲーム性に着目出来なかったらもったいないゲームになてしまう。

それぞれを最大限に生かすゲームを仮に作れたとしてもユーザーがそれを100%楽しめるかと言ったら疑問符が付く

そういった意味でこのゲームが一番面白いと言い切れないのがまたゲームの内包している面白い要素の一つとも言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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